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グローバリズムと期間労働者 そしてそれを非難する者

inago



生存にかかわる精神作用が、社会性や反社会性というものを形成するのでしょう。その精神作用を構築する場所として新皮質と旧皮質になる。機能的に見てコミュニティに所属したいという意識は、いかに群れを大きくするかという種の保存に直結した問題になります。群れをより大きくしたければ、生体進化の面でみれば、多産であることが最も有利です。ところが、人間自身は乳房の数に限定されるように余程幸運がもたらされない限り、二人以上の子孫を持つことはできない。また、人の子供は育てるのに非常に手間と時間がかかる生物です。ある意味、こうした進化と種の保存の上でハンディともなる事柄を補うために新皮質側に群れを大きくするという集団生活傾向が生まれました。つまり、より多くの人間たちと共生することにより、生体機能以外の部分で「多産でない」「子供の育成に時間がかかる」という機能を獲得することになりました。言葉を換えれば、群れを組むという精神作用を獲得することにより、通常ならば数万年から数十万年はかかるだろう生体進化に依存することなく、進化を獲得することができたといっても過言じゃないでしょう。
ここで五万年ほど前にさかのぼります。
約六万年ほど前までは、一か所の洞穴などのシェルターに住んでいた人類は、群れの拡大とそして副次的に自然災害の影響により絶滅の危機に瀕します。数百万の個体から数千個体(二千ほどまでに激減したという説もある)ここで居住地店の拡散という出来事が起きます。この群れの拡大は遺伝学的な脅威、つまり、近親間交配やマスギャザリンをおこしたためのウィルス性疾患に対しての脆弱性を示したということに他ならないでしょう。本来ならば、そのまま滅びてもおかしくなかったし、他の動物のように赤の女王仮説(ウィルスやその他の伝染性疾患に対抗するための生体進化)上の生体進化をまって、それを乗り越えるのでしょうが、性急な人間は、それを回避するために一か所に住んでいた人類が家族単位で住み始めることになります。この原始人類の家族化が人類を広域に住まわせることになります。また、ネアンデルタールのように単に群れを分散させただけではなく、家族間を往来し交流することになります。食糧や道具の交換、そして交配者の交換(つまり結婚ですね)

ここで二つのコミュニティが派生します。
家族と多くの家族を含む社会という二種のコミュニティです。
それぞれの家族は住む地域特性によって、それぞれのルールが存在します。水場の維持や食料採取のためのローカルルールです。また、同時に家族間同士におい、それぞれの家族がお互いに生き抜くために収れんしてきたルールというものもあります。そのルール自身はお互いの共通した法のようなものとして交流する家族間の間に流通する。これがワイドルールです。このワイドルールをもってして、同心円を延長するように人類は拡大していった。

ここで気づく方もおられるでしょうけれど、ここで三つのルールが存在することになります。
まずはワイドルール、そして家族などのローカルールール、そして自身という個体を優先する本能。
豊かな時代や豊かな土地に住む場合は、自身のより多く食べたい、より楽をしたいという本能は上位に組み上げられ、ローカルルールやワイドルールに組み上げられていく、しかしながら、貧しさや、その訴求が破壊的なものであると、組み上げられない。それ以上に平等な分配を求める声の方がおおきくなり、そうした訴求をおこなうものは排除されることになります。

現在の期間労働者問題において、自己責任という言葉がことさら強く聞こえますが、これは分配者に対しての公平な分配を求める声だといってもいいでしょう。貧しさをより強く感じなければならない環境にある人がおおければ、その声は大きくなってくる。これは原始も現代もそうかわらない。同時に着目しなければならないこととして、こうした排除的な言動を使う人々は特に貧しいほうの側にある人ではない。こうした意見はネットで散見することが多く、家にパソコン等があり、そうした文章を書く余裕がある人がほとんどであると思われます。路傍で寝なければならない人と比べるとはるかにましだといってもいいのは間違いないでしょう。しかし、彼らは路傍で寝なければならない人たちを揶揄して公平を口にしなければならない。それはどうしてか・・・。継続的な論考が必要な事項ですが、ここで一応の作業仮説をたてておくと、「彼ら自身に自身が貧しいと認識させる価値観がある」可能性が非常に高い。

まぁそれがグローバリズムだというものだと個人的には思います。このグローバリズムの無制限な経済成長が可能だと見せてしまう価値観は時として人に過大な評価主義をもつに至らせる故に底辺決定をもしたがる。これらの人はグローバリズムにおいてその立場は別として心理的なストレスを受けている可能性が非常に高い。

仕事は探せばいくらでもある。たしかにそうでしょうね。選らばなければあるでしょう。しかし、力仕事ができない体をもっている人が力仕事ができるでしょうか。お金の管理が苦手な人がコンビニのレジを打つことができるでしょうか。期間労働者、もっとひろげればホームレスの人たちも含めてできないことがあるから、そういうふうに至ったという経緯がごっそりとぬけてしまい非難の対象になってしまっている。おそらくそういう状況をわが身のこととして考えられるならば、そうかもしれないということがわかるのかもしれないけれど、これから社会に出てグローバリズム的な貧しさを味わうかもしれないネット上の非難者や、すでに味わっている非難者は自分のことしか見えていない。自分と同じ見解を持つ人間しかみえていない。

匿名社会というものは本来ならばコミュニティの誤りを正すために大きな役割を担うべきものだったのでしょうが、容易に同種の意見が発見できる利便性のために不必要な加速性をもってしまい増殖もする。目の前で「でもね」という実コミュニケーションが抜け落ちてしまい衝突のない言論が初期において形成されやすくなってしまっている。今回の件に関しては社会での評価において自己が底辺になることを避けたいという恐怖心に所以するところが大きいようにも見えますね。国家をはじめとしたコミュニティは、多様性と他との連結性がもっとも重要なものとなります。この連結性そこなわれると反社会的な要素が高くなり排除則が強くなる。もちろん、他者の窮状を救うことに関して非難を繰り返すコミュニティは匿名であるがゆえに一過性のコミュニティであり、非難に特化された一過性の自閉コミュニティといっても、いいでしょう。

そのような種にとって不必要なコミュニティを作りだしてもしまうグローバリズムとは一体なんだってことになるとおもうけれども、行き詰った資本主義が販路を求めて、それまでの消費の単位であった核家族(この核家族自身も資本主義のつくりだしたもの)をより細分化し、その単位を個人消費にまでおいやるための動機付けと考えるとすっきりとすると思う。
販路の拡大、マーケットの拡大といっても限度があるというのは当たり前のことだ、たとえばマーケットを大きくしたいとおもい、ある商品を売るにしても、それが年収二万ドルを平均とする国家に売れるものが、平均年収千ドルに満たない国家に売れるはずもない。また、そうした製品を作るようになっても、利益率は非常に低いものになってしまう。だったらどうするか、自然と年収二万ドルに対して過剰な消費を強いるほうが特だということになる。
そのためにはどうするか、個人の欲望がローカルルールを上回るように仕向ける。個人の消費願望をワイド側から、強くさせるようなルールを形成してしまう。
その結果として周りを見渡すとよくわかることだとおもうけれども、家族や地域のコミュニティが瀕死の状態になってしまった。
個人の消費を否定するつもりはないけれど、過剰な消費を個人が行う。つまり市場拡大がいきづまりコミュニティの分解にまでいたってしまった。そのために目前から身の丈の大きさの所属するコミュニティが消えうせてしまっている。
本来責任というものは個人が自身に対して持つものではなかった。身の丈大のコミュニティの中でお互いにお互いがもちあうものであったはずである。ところがそういう場所に身を寄せることが非常に難しくなってしまった。また、身近にいるからこそ許しあえた個性というものも、許されなくなってきている。このままいけば大きな単位のワイドグループと個人が存在することにもなりかねないし、その結果、個性を所有することを許されないという心理的な圧迫もでてくる。そのためにネットなどにそのはけ口をもとめる。

こうしたワイドグループと個人とのみが存在する関係はスォーム・セットセオリー(群虫理論)に限りなく近似する。イナゴなどが群生しつつ移動するときに本来ならば数多くの交配が存在し、多くの種が生まれてもおかしくないのだけれども、群で移動することに特化されてしまい、群で移動するのに不具合な形状を獲得してしまったイナゴは淘汰されてしまうことになる。そして、群自身も凶暴化し、同じものを食い、自分たちの食料を食いつくし、飢餓状態にいたり滅びるまで群を巨大化してしまう。本来ならば種の多様性を獲得してひとつのものを食い荒らすさずにすんだものが、自然のいたずらで時として暴走を引き起こしてしまう。

ところが、人間という種はここ数世紀において、それを好んでやっていた節が見受けられる。
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