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死刑とはなんだろうか 6

「可塑される」可塑という言葉はあまり耳にしない言葉かもしれないけれど、語彙としては何度もくりかえされているうちに常態化するということである。もっと砕いていえば、金属の板で何度も繰り返しておりまげているうちに、折り曲げ続けてきた部分に癖がつくようなものといってもいいだろう。人間の記憶と行動もそれに近しい作用をおこなっている。職人さんなどが何度も手作業をおこなっているうちに目をつぶってもできるようになるというやつだ。人間は何度も繰り返しておこなう作業に関しては可塑という方法によって、あたあかも自動機械が行うかのように作業ができるようになる。なんどもやっているうちに手が勝手に動いてしまうような錯覚があるけれど、これは手が勝手に動いているわけではない、脳が指令を出して手を動かしている。経験し、記憶が作業と結び続いているだけであり、無意識ではない。性衝動やほかの動物的な本能の部分、つまり脳の旧皮質で作業されているのではなく、新皮質でおこなわれているのである。

この新皮質でおこなわる精神作用は理性とも呼ばれている。一般的なとり方としてこの理性という言葉は善性や徳性をさす印象が強い。しかし、人類が過疎化してきたこの新皮質の作用が必ずしも善性や徳性をさすかというと大いに疑問だ。多くの動物が行わない同族殺しや共食いを人をするようになったのだろうか。飢えるという精神作用に対して、もっとも手っ取り早い共食いという精神機能は他の動物にもある。また、ライオンのように生殖のために他のオスの子供を殺すという本能もある。だけれども、この精神作用を可塑化するために儀式化し教育し、貧しさも生殖にも関連しない日常で定期的に行っているのは人間だけである。この徹底しているといってもいいほどの可塑化は、まるで人間の本性はこうしたもんもとは別、もっといえば人間の本性や本能と呼ばれるものは別にあり、それに抗うためではないかと思うほどに繰り返しおこなっているのではないかと邪推したくもなってしまう。
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