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死刑とはなんだろうか 5

人に死を与えても守りたい・・・というようりも、僕たちが守っている社会とは一体なんだろうか、死刑そのものについて考える前に死を与える死刑とは対義になる生まれるということと社会に関して考えてみよう。

脊椎動物の全能力の中で食料を得るという事柄と並ぶ、もっとも重要な機能の一つは「春」を知るという機能である。遺伝子に組み込まれている体内時計、それに周光性とよばれる光を感知して、陽が出ている時間と夜の時間を対比して季節を知る能力、これは目が奪われるようなことがあっても、脳の光を感じる機関が代行して季節を知らせることができるほどに強烈な機能である。春を知る。そして春に交配を行い、子供を育てる時期を捕食しうる動物が多くなる夏や食べられる植物が多い実りの秋へと調節をおこなう。つまり、春を知る能力とは脊椎動物にとっては発情期であるにほかならない。古代から恋の歌は春をイメージさせることが多いが、それは人間の動物としての機能が人が春に恋をするように仕組まれているからに他ならない。これは他の動物と同じく、人にも発情期が存在するということに他ならない。

しかし、人間は一年中、発情期のような状態である。受精を確実におこなえる確率が低いとはいえ、これほど交配を一年中している動物も少ないだろうとおもうほどである。また、妊娠期間も長く、よほどな幸運に恵まれない限り乳房の数よりも子供を多く生むわけでもなく、多産であるともいえない。

この動物界では異例の発情期を持ち、人間はどのようなメリットがあるのだろうか?
まずは、そこから考えていこう。

春に限定されることなく、交配をするようになった人間は一年中子供を生むようになった。これは一見すると獲物があふれる夏や実りの秋に子供を育てられないということを意味するのだけれど、人間はそれを農業という生産や貯蓄という経済行為によって、子供を育てる時期を自分たちで選択できるようになった。このことにより人口爆発が短期的に起こることを回避することができ、自然災害などからのリスクも非常に軽妙なものとなってきた。つまり集団によって可能である農業と貯蓄によって人は集団の安定を勝ち得た。

卵が先か、それとも鶏が先かの議論になってしまいそうなのだけれども、その相関関係は固定しているものだと思う。

また、そこでも間引きをはじめとした人工調節がおこなわれたのは疑いがないと思う。それも所属する社会からの要求に応じてという形になる。
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