2009-04

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memo 世界経済に関しての部分論

有限論が哲学の世界の中でヘレニズム超越神論により淘汰されたように有限経済論は超越経済によって打ち破られる可能性が非常に高くなってきたように思う。プラトンが善のイデアとして論じ、無限性を提起したのものは、コミュニティは数多く存在するが、それらは非常に流動性に富んだものであるが、その時空点において善性の確認がおこなわれることにより、実存の確定が行われるということを意味すると考えてもよいだろう。

構造性においてのアプリオリの必然

ライプニッツは可能であるが、それが必ずしも可能になるということではないとしている。つまり可能性の連関が実存を決定しているということを彼はいっているのであるが、もっと、いえば他者との時空間における連結が実存を実存たらしめているといってもいいだろうし、この場合においてはすべて実存は他者によって多角的に照射(可能性の組み合わせによる可能性の極大化)されることによって生じるアプリオがあるということにほかならないだろう。このアプリオリ(ここでは先天的必然)が否定された場合には、存在、つまり個のユニークをうばいさることになり、連結される可能性がなくなるということに他ならないし、ひいてはすべての実存はきえうせることになるだろう

現在の経済はあるいみ戦争経済の延長であり、それはトップダウン的な傾向が非常に大きいものであるといってもいいだろう。これは多くの人々が必然として存在するのではなく、数値的なものとして換算されているからにほかならない。より簡単にいえば人よりもシステムありきといってもいいだろう。個々のアプリオリが必然として組み込まれていない経済だといってもいいだろう。こうした状況においては集中の反面、貧困が生れ、そして、画一性の強要が生まれる。
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