2008-12

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死刑とはなんだろうか4

肉を分かつ人間、つまり富を再分配する人間であるこの人物が首長の原初となる。そして、これが時代を重ねるごとに社会そのものが大きくなり、社会システムに流通と家族という単位がうまれたとき、首長は肉を切り分ける必然性はすくなくなった。けれども、自己犠牲から発した生贄という儀式においてはその役割を担い続けることになる。自己犠牲の大切さ、そして社会を立脚させ続けるためにカリバニズムを儀式化した。いまでいう公教育というものと同義と捉えていいだろう。大層なピラミッドを労力を使って、それでも維持しなければならなかった。社会という器が自己犠牲を伴う必然がおおいころの話であるけれども、こうした儀式が死刑へとも発展していった。

神託を受けて名誉の元で神に召され、やがて庶民の胃袋に入る人間も、個人間のトラブルならびに反社会行為をもってして神に召されるものも神へと捧げられるのである。つまり神託によるものは自己犠牲の尊さ、そして犯罪者が生贄になるのは社会的教訓を生むための見せしめだった。(ちょい、脱線だけれども、この「召される」という言葉は食べ物を召し上がるというの語義と原義ではおなじであるというのは非常におもしろい。刀に口で構成されている。白川静先生の本あたりをあたると、もっと面白い話も出てきそうだ)


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