2008-05

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多神教から一神教へ

 一神教への誤解というものが世間でもよく見受けられますが・・・
基本的に一神教には、「偶像崇拝の禁止」という項目が必需のようにそれぞれの聖典に書き添えられています。

古代から現代までの多神教と一神教への遷移についてふりかえると

多神教とは本来的にそれぞれの集団において権力者が神を勝手に創造し利用するために増え続けてきたものです。その後多くの地域から一つの場所に色々な神を信仰する人々が寄り添ったときの生活折衷として多神が一つの祭殿におさめられるようになります。これが紀元前14世紀(2400年前)の古代エジプト王イクナアトンによって一つの神として生みだされます。

おおくの神が色々な法を持つ、その矛盾をおおくの神が持ち合わせる最大公約数の部分を抽出し一つの神とし、その法の元で暮らすという手法をイクナアトンはとりました。これが一神教のはじまりです。

後のキリスト教(厳密に言えばユダヤ教)ではディアスボラ(民族漂流)の中でおおくの神を合議の元で一つにしました。多くの人が持ち寄った神の最大公約数から生まれた十戒の元での神が更に創造されたといってもいいでしょう。

つまり一神教とは多神教から生活慣習の必然から生じた合議による神といってもいいでしょう。その合議の結果をまもるために「偶像崇拝の禁止」「自分の神の名を口にしてはならない」などという戒律をあわせることによって、個人や小集団が持つ神への信仰上の衝突をさけました。つまり、ここで信仰の自由と信仰による衝突をさけるということを一神教の必然としたのだとおもいます。ひいては神を個人所有してもいいものと、公の神とを分極化させたのでしょう。

一神教これを僕風にいいかえて合議神というものは多神教のように権力者の都合によって複雑化し無限に増え続ける法を公の神の創造によって、より重要度の高いもの、多くの人が共通して持つ道徳を集合化させるものだったのでしょう。

 宗教対立というものが世界各地で起きていますが、これはある意味一神教の成立過程からいうと、15世紀から始まる世界のグローバリズムの結果、世界の宗教が多神教化してしまった結果だといえるでしょう。それに対してラスカサスなどインディオの信仰などにも通じていた神父たちはお互いの神に共通するものを探そうとしました。

この動きが現在の道徳的民主主義の原型になっています。



 
イエスと仏陀

 彼らが生活した時代において仏陀やキリストは破戒僧のようなものでした。おおくの神からうまれるおおくの戒律に縛られ人々は自由をもたず、自分自身の神をもつことすらゆるされなかった。そうした時代に反旗をあげたのがキリストや仏陀だったのではないでしょうか。ある意味彼らは社会のため、今生きる人たちのため、そして将来生きる子供たち(将来を生きる子供たちのためこれこそが輪廻だと僕は思う)に猥雑で複雑になりがちである信仰の大系を整理しようとしたのだと僕はおもいますよ。


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